戯言です。
先に結論を言います。AIが当たり前の世界で生きていくには、人としての基礎学力・基礎能力がものすごく大事になる。だから今やっている勉強は絶対に手を抜くな。 子どもたちにそう伝えたい、という話です。
AIは「かける数」でしかない
日常的にAIを使い続けていて、一つ痛感していることがあります。
AIは、使う人間の能力を倍増させる道具であって、人間側に能力やセンスがなければ、どれだけAIが優秀でも大した成果は生まれない。
ドラゴンボールで言えば、AIは孫悟空が使う「界王拳」です。
人間の能力(=悟空の戦闘力) × AIの性能(=界王拳の倍率) = 成果物の価値
能力が1でもAIが100倍なら、100の成果は出せる。でも能力がゼロに近い人がいくら界王拳100倍を使っても、結果はゼロに近いまま。満足のいく成果にはほど遠いでしょう。
プログラミングで実感した「掛け算」
たとえば、最近話題のClaude Code(クロードコード)。確かに、環境さえ整えば誰でもシステムを開発できてしまいます。
自分も使っています。作りたいものは頭にあるけど、コーディングには時間がかかる。それをClaude Codeに任せることで、驚くほど速く実現できるようになりました。最近はコツもつかんできて、大体ほしいものをすぐ形にしてくれます。(忘れっぽい、ちょっと記憶力が弱い赤ちゃんみたいなところはありますが。)
その理由はシンプルで、自分にシステム設計や開発の基礎知識があるからです。適切に依頼できるし、出てきたものの良し悪しを素早く判断できる。だからAIも的確に応えてくれる。
一方でSNSでは、こんな話も増えてきました。AIが生成したコードのセキュリティ設計が甘い。運用のことが考えられていない。将来の機能拡張を想定できていないため、すぐに使い物にならなくなった——。基礎知識がないまま使うと、こうなりがちです。
デザインでは自分が「ゼロ」側になる
逆に、自分が素人の分野では痛い目を見ます。
自分には絵心もデザインセンスもありません。「いい感じだな」と思うことはあっても、なぜ良いのかを具体的に言語化できない。評価の軸を持っていないから、AIが出してきたものにOKを出しても、実はダサいものだったりする。
つまり、デザインにおける自分の能力はゼロに等しい。いくらAIが優秀でも、掛け算の結果は良いものにならないわけです。
だから「基礎」が最大の武器になる
これを一般化するとこうなります。
人間側に基礎的な知識や判断力がなければ、AIがどれだけ進化しても、そこそこのものしか生まれない。もっと怖いのは、品質の悪いものを「良い」と判断してそのまま世に出してしまうこと。
AIが当たり前の社会になればなるほど、この「基礎力の差」は決定的な差になっていきます。
だから、子どもたちにはこう伝え続けたいと思っています。
「今やっている勉強や、好きなことに打ち込む時間は、将来とんでもなく大きな差を生む。だから絶対に手を抜かないでね。」